ゆらゆら帝国でお昼寝中…

〜中身は空洞です〜

再度脱線:占いってなんなんだろう…と

いきなりでなんなんですが… 個人的には中国式と日本式とどっちが優れてる? 的な話題には飽きています。

鍼灸は中国由来のものだから、中国式が素晴らしいのである!
いやいや。日本人にとって最適なのは日本で発展した日本式こそ!

…みたいな話題。

私は一時期、中医学(っていうジャンルがあるんです)にものすごくハマってました。

※ 中医学(ちゅういがく)とは、現代の中華人民共和国(以下、中国という)において行われる伝統医学の一つである。伝統中国医学とも同じに扱われる場合があるが、現代の中医学文化大革命以降、古来のものから新たに作られた医学である。

とにかくロジカルに美しい!と思ってましたし、それはいまでもそう思います。
日本式の古典のことは深く学んだわけじゃないので、あんまり大きな声で発言したくないです。
が、名人と呼ばれる方々はそこにいるだけでなんか素敵だった。同じ空気を吸ってるだけで治りそう♪な気がしました。
(まぁ… 両方の悪口を言おうと思えばいろいろ言えます。が、やめときます)

いまではごく正直に、どっちかだけが優れてて正しい!という世界じゃないんじゃなかろうか… というのが思ってることです。
どっちも優れてるし、どっちも欠点があるよね。それを知ったうえで適切に使わないとね。そういう風に思っています。

…で、なんでそんなことを考えていたかというと、
東洋式の占いもおそらくそういう面があると思われるからです。(四柱推命か!八字か!九星ってどうなの?家相は?とかなんだかよくわかんないんだけどケンケンガクガクいろいろあるよね…)

私、古代からの中国の歴史とか文化はすごいと思ってます。リスペクト!はあります。
でも、陰陽五行説や干支暦は中国でできたものだから中国式がすべて正当で正しい!のか… それについてはわりと懐疑的です。
というよりもたぶん、そもそも陰陽五行で世の中のすべてを説明し尽そうとするのには無理がある!と思ってます。

※ 伝統的な東洋医学は優れてるところもたーくさんあるけど、こじつけだろ〜!としか言いようもない部分もたくさんあるんで、どうしても全部をあたまっから信じれないのです。。。だから、占いもきっと相似してるところがあるように思うのです。

そういうわけで、これまでずっと、なるべく東洋の占いには近づかないようにしてきました。
そもそも関わらない、見なきゃいいわけだし。。。(笑)

さらにもうひとつの長年の疑義。
「干支暦って、実際の天体の運行とは関係なく割り振られた記号みたいなもんでしょ?それがなんで妥当性があるの?」ってことです。
どうやら東洋の占いも「当たってる〜!」と思えることはいろいろあるけど、その基礎となる干支暦の妥当性を信じられないんだったら、それをもとにした占いを自信を持ってやることはできないんじゃなかろうか… という漠たる不安がどこかにあったわけなのです。

で、きょうはこんな資料を見つけちゃいました。


〜九星批判から続く〜

(中国の)占星術は最初から形式化する傾向を有していた。

それは、木星の周期が十二年弱であるのを十二といふ完全数を以て取り扱ひ、それを十二支に結合し、木星の所在によって、年々の吉凶を定めた。その後、木星の実際の運行と年の十二支の名とが食い違うのを苦しんで、終に後漢の中頃からは、はじめ木星の反映として作られた太歳の神を木星と引き離して、太歳は木星の運行に関わらず、十二年で天を一周するものとしてしまった。

今用いている年の干支はすなわち後漢以来一律に推してきた太歳の所在を示すものである。此の如く、数に神秘性を与えてそれを形式的に取り扱った結果が終に九星の如き大組織を作出するに至ったのである。

(中略)

(中国の)占星術の起源には原始科学としての新鮮味があった。しかしそれが極端に形式化するようになっては、もはや人生の桎梏である。極端なる形式化ということは、支那(原文まま)文化の全般に渡る特性と言っても差支えがないであろう。それは王朝の革命のごとき大騒動にあっても容易に変化しない。ほかの文化圏の人が支那文化に接触するときは、まずこの特性について深く注意せねばならぬ。油断すれば桎梏にかかってしまうのである。

※ 桎梏=《「桎」は足かせ、「梏」は手かせの意》人の行動を厳しく制限して自由を束縛するもの。「因襲の―から逃れられない」

『天文暦法と陰陽五行説 飯島忠夫著作集 4』

昭和13年の文章なので、「支那」表記なわけですが… 中国古代史、暦法の研究で知られる方ですね。


あーーー!!! 私がずーーーっと漠然と感じてたことはこれなんだなぁーーー… としみじみ思いました。
凄いんだよね。中国文化の吸引力って。

なにせ中華思想ですよ。五行の「土」ってのは、「中国が世界の中心」ってことでもあるわけですよ。
殷代からある干支だなんて、半端ないですよ。。。

それにしても、占いにおける干支暦の妥当性は??? とか考えるのはめまいがしてきますよ。ホントに。
でもね、拒否するか、信奉するか、どっちかを選ばされるのは好きじゃないです。

もうちょっと粘ってみたいと思います。はい。