【第九夜】太歳紀年法ってなんだ?
こんなの見つけたので貼ってみます。
「算命学」〜伝習院テキスト
うーん。。。十二次も十二位も、ずいぶんと難しい字ですね(汗)
十二次(じゅうにじ)とは、古代中国天文学における天球分割法の一つで、天球を天の赤道帯にそって西から東に十二等分したもの。各次の名称は、
星紀(せいき)・玄枵(げんきょう)・娵訾(しゅし)・降婁(こうろう)・大梁(たいりょう)・実沈(じっちん)・鶉首(じゅんしゅ)・鶉火(じゅんか)・鶉尾(じゅんび)・寿星(じゅせい)・大火(たいか)・析木(せきぼく)
戦国期以降に行われ、太陽・月・惑星の位置や運行を説明するための座標系として使用された。特に重要な用途が二つあり、第一は木星の十二次における位置で年を記すことであり、第二には、季節ごとの太陽の位置を十二次で示し、二十四節気の移動を説明することである。
ふーむ。。。それで、十二次と西洋占星術のサイン(いわゆる12星座)とは類似してるし、対応関係に見えますよね。
でも、伝播した可能性は否定できない、がよくわからない、らしい。(でもきっと伝播してるよねー。。。と私は思う。なんだっけ?法隆寺の柱がギリシアのパルテノン神殿の柱に似ている、んでしたっけか?)
あれー??? それはそうと、wikiに載ってる12次と12サインの対応とは、冒頭に貼った対応表とは違うな…
追記: これたぶん最初に貼った算命の教科書が正しいと思うよ。12次は西から東に向かって回るので、12サインを逆順に行くことになるんじゃないかなー
で、「太歳紀年法」とか調べ始めるとまた止まらない…
あいかわらずちっとも先に進まない…
わからん… そもそも「歳星」「太歳」の違いをもう一回復習。
歳星=実在の木星
太歳=実在の木星と逆周りに進む架空の星の影の様な星を想定したもの。
ここまではいいんだけど、ややこしいのは、ここから先なんだよ〜〜〜!
太歳の回る方向は、単に歳星の正反対に行くのではないこと。ちょうど十二次の星紀の年初めで歳星と太歳が重なり、徐々に離れて行く。。。
これ、どうやら「線対称」と考えるといいらしい。
うーん。。。どういうこと?
>「太歳在寅(太歳、寅に在り)」は、太歳が寅の位置に存在する年、つまり木星が丑の位置に存在する年のことである。
あー… ということは…
図を描く。。。ぶつぶつぶつ…
なんとなくわかってきた。でもいまそばにスキャナがないからここにはアップしません。
→ 翌日追記。UPしました。これね →「太歳紀年法を手書きしながら考えた」
太歳紀年法ってのが、のちに太歳とは関係なく機械的に60年1周(十二支部分は12年1周)で年を記述する干支紀年法へと変わっていく、ってことは理解しました。
むずかしーなー…
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「太歳」たぶん気学とか風水にいっぱい出てきそうだ。
で、よくわかんないんだけど、「太歳」でぐぐると妙な画像がたくさん出てきておもしろい…(笑)→★